[inGENERAL interview] キーワードは“タンスの肥やし”? 新レーベル TapWater を作ったワケ ― 対談 南貴之 / 西野大士 ―
alpha.co.ltd の 南貴之 と NEAT を手がける 西野大士 が新プロジェクト、TapWater を始動した。ファーストコレクションは“たった2本のパンツ”。生まれたその背景にあったものとは?
“南”と“西”のクロスポイント
[Graphpaper(グラフペーパー)] など複数のファッションプロジェクトを手がける alpha.co.ltd の南貴之と、パンツ専業ブランド [NEAT(ニート)] を手がける 「にしのや」の西野大士が共同レーベル、[TapWater(タップウォーター)] を始動した。
今や東京らしさを体現するブランドの一つになった[Graphpaper]。南貴之はこの人気ブランドだけでなく、東京ミッドタウンの「ヒビヤセントラルマーケット」のディレクションや、さまざまなものを独自の視点で再構築して提案する[FreshService(フレッシュサービス)]など、複数のプロジェクトを手がける一方、PRエージェントのalpha PRを率いて数々のブランドをヒットさせている東京ファッションシーンの重要人物のひとりだ。
一方の西野大士は、同じようにPRエージェント「にしのや」で多数のブランドのPRを手がける傍ら、「自分が穿きたいパンツを作りたい」という純粋な動機から、2015年にパンツ専業ブランドの[NEAT]をスタート。「ありそうでなかった」独特なシルエットとタックパンツの高いクオリティは瞬く間にその人気が広がり、こちらも今や“東京生まれのパンツ”の新定番ブランドへと成長している。
ゆったりとしたシルエットの[Graphpaper]のパンツも代表アイテムのひとつであり、ある意味[NEAT]とは競合。もっと言えば、「お互いPRエージェントの代表でもある」という点でもモロに競合にあたる二人が手を組んで、さらにはファーストコレクションで「2本のパンツだけ」をリリースするというのだから、気にならないわけがない。
今回は新レーベル[TapWater]のアイテムが並べられる、「ヒビヤセントラルマーケット」内のショップ「CABINET OF CURIOSITIES(キャビネットオブキュリオシティーズ)」で、二人から話を聞いた。
奇しくも苗字は「南」と「西」。二人はどのようにしてそのディレクションをクロスさせたのか。
Photo : 細川隆弘 Takahiro Hosokawa
Text : 武井幸久 Yukihisa Takei(HIGHVISION)
※ 取材時以外の写真はブランドオフィシャル提供素材
“競合”の枠を超えた協業
― 今回のプロジェクトを聞いた時、「この組み合わせなんだ?」と驚きました。お二人のお付き合いはいつ頃からですか?
南 : ここ2年くらいですね。札幌に僕のブランド([Graphnpaper])と(西野)大士のブランド([NEAT])を置いてくれているお店があって、そこでポップアップをやるときに「同じタイミングでやりませんか」とお声がけいただいて。
西野 : 基本的に南さんは“大先輩”なので(笑)。その前に雑誌の取材で対談したこともあるんですが、そこでご挨拶しただけで終わっていました。でも札幌出張とかになると何泊かになって、イベント終わりに飲みに行くみたいなことになるじゃないですか。そこでやっと覚えていただきました。
南 : いや、そういう言い方すると、また俺が高圧的な人間だと思われるって……(笑)。
― (笑)。今回はどちらからお話を持ちかけたのですか。
南 : 僕からですね。この「CABINET OF CURIOSITIES(キャビネット・オブ・キュリオシティーズ)」の中で、定番的なもので何か面白くやり続けることができないかなと考えていたのですが、僕の場合まず自分でやるという手段があるじゃないですか。でも「俺だけでやってもなあ……」と。ここのTシャツも[blurhms(ブラームス)]と一緒にやっているのですが、そんな感じでいろんな人と組んで、何か特別なことができないかと。で、「大士、ちょっと来てよ」と声をかけて。
― [TapWater(タップウォーター)]は、パンツのレーベルになるのですか?
南 : パンツだけではないんです。でも最初にパンツにしたというのは、僕のブランドも割とパンツが評判良くて、彼の[NEAT]もパンツのブランドなので、まずはお互いの得意なところで始めてみようと。特に彼の場合は、ドレス寄りのパンツなんで。
西野 : はい、スラックスというか。
南 : カジュアルのパンツは彼のブランドでは作らないということもあったので、「じゃあこっちはカジュアルのパンツにしよう」という流れですね。
― 南さんも[Graphpaper]のパンツが東京の新しいフォーマットになりつつあって、[NEAT]も同じように一つのシーンを築いています。普通に考えれば“パイの取り合い”じゃないですか。そこで手を組んじゃうんだということに驚きました。
南 : 僕は昔からそんな感じなんですけど、これからはそういう時代じゃないですかね。そういうこと(競合していること)はどうでもいい。お客さんにとって一番面白そうなこと、それを超えて行ったところに面白いことがあると思います。
― プロセス的にはどのような感じだったのですか?
西野 : 最初に南さんが「大士が案を出してよ。俺が編集するから」と言ってくれたんです。
南 : 元ネタが必要だったんですよ。大士が「こういうのが欲しい」という古着を出してきてくれて、「それをどうしよう?」という話から、生地やシルエットを決めたりするやり方です。元ネタの人が大士、編集する人が僕、最終的に組み合わせて形にするところは二人でやるので、役割も明確なんですよね。
― それぞれこだわりが強いと思いますけど、「ここは譲れない!」みたいな話にはならないんですね。
南 : それ以前に、「これはウチのブランドではできない」とか「これはやったらダメ」というものがブランドにはあるものなんですよ。彼のブランドもそういう縛りを持っていると思うんですけど、むしろそういうルールがないというのはダメなブランドなんですよね。ルールがあって、ルールから外れたこともしたい。だけど、ただコラボして[NEAT]×[Graphpaper]みたいなのってありがちじゃないですか。そうじゃなくて、全く別のものを組み合わせて作る方が面白いだろうと。
西野 : 僕も[Graphpaper]と、というより南さんとやらせていただいているような感覚でした。
ともにファッションPRを生業にするデザイナー
― 実は今年『inGENERAL』でファッションページを作った際、「パンツで今のスタンダードって何だろう?」という話になった時、スタイリストから出てきたのが[NEAT]だったんです。以前から存じていましたが、そこまでの存在になっているんだとその時に改めて知って。西野さん自身は、なぜ[NEAT]がパンツのブランドとしてここまでの人気になったと思いますか?
西野 : 僕はもともとめちゃくちゃ服が好きで、今でもすごい量の服を買うんですけど、前職が[Brooks Brothers(ブルックスブラザーズ)]のPRなので、ドレスベースが僕の中にあるんです。辞めてフリーになって、自分のライフスタイルが変わっていく中で、スニーカーとかサンダルに合わせるんだったら、このトラウザーは今の自分には違うのかなと思い始めて。でも周り見渡しても欲しい感じのものがなかったので、「だったら自分で作ってみよう」というのが始まりです。
― かなり個人的な始まりなんですね。
西野 : はい。売れるようになったのは、同じようなことを思っていた方が他にもいらっしゃったのかなと。あとウチのパンツは、フラシの(※裾が縫い付けられていない)状態で、ご自身で裾上げをしていただくのですが、それが結果的に自分らしさを出せるんですね。そういうところが時代ともマッチしたのかなと思います。
南 : セミオーダーみたいなものだしね。
西野 : そうです。あとはタックパンツがちょうど人気が出始めたとか、ワイドパンツが流行ったりとか、そういういくつかの要素もあったんですけど。
― では、ある種の「想定外の人気」というか。
西野 : こんなに「ビジネス」としてやるとは思っていなかったです(笑)。
― 南さん的には[NEAT]をどう見ていたのですか?
南 : 今の大士の話は初めて聞きましたけど、まあそういう始まりなんじゃないかなと思っていました。欲しいのがなかったんだろうなと。僕もいつもそんな感じなんで分かります。
西野 : 僕に関してはずっとPRをやってきた人間なので……。
南 : いや、俺もだよ(笑)
― そうだ。お二人ともPRが本業で、後からデザインをやり始めたという大きな共通点がありますね。さらに、それぞれ自分の好きなものを作っていったら、一つの流れを作ったみたいなところも似ています。PR目線からの物作りに何か秘訣があるんですか?
南 : 僕の場合は長年買い付けをしていたのが大きいでしょうね。昨日今日に始まった海外の小さなブランドを含め、ビッグメゾンにも行くし、日本での物作りにこだわっているところまで片っ端から展示会に行ってます。だから“目”が養われたんだと思います。あとは生来のこだわり屋と現場主義なので、探し続けて掘り続けちゃう。
キーワードは「タンスの肥やし」
― 今回のパンツで「こういうものを作ろう」というお二人が合言葉にしたものはあったんですか?
西野 : 僕が南さんにお伝えしたのは「タンスの肥やし」というキーワードでした。「タンスの肥やし」って、普通はあまり良い印象じゃない言葉だと思うんですけど、でも同時に「捨てられないもの」っていうイメージもあって。捨てずに置いてある、でも一方でそれには「着ようと思わない理由」が何かあるんですよね。
― 「タンスの肥やし」って逆説的で面白いですね。
西野 : 南さんも多分そんなに“デザインされたもの”が好きじゃないと思いますが、自分もそうで、基本的にはベーシックなものが好きなんです。だから今回は「“ベーシックだけど眠っているもの”を一軍に持って来れたら面白いよね」という話はしました。
南 : いろんなところが「惜しい」ものだよね。例えば「ここがこうだったら穿けるんだけど」とか、「素材がこれだったらいいのに」、というもの。そこに“編集”が必要になってくるんです。今回も大士が持ってきた一つは、レディース用の軍パンでした。
西野 : 「これをメンズで履きたいんですけど」というところから始まって。
― お二人とも、物作りの際は「自分が穿きたい、着たい」というのがベースにあるのですか?
南 : 僕の場合はサイズの問題があるんで(笑)、僕が穿くっていう概念は今のところあまり持っていないですね。今回の場合は、大士が穿きたいものを作れないかなと。
西野 : 僕はこういうイージーパンツを作りたいけど、[NEAT]では作るわけにはいかないということもあり、何か違う枠の中で作れるフォーマットというか、そういう場所があったらいいなというのはありました。
南 : で、僕の場合はやっぱり楽な方が好きだし、穿く人のサイズ感の概念を無くしたいというのがあるので、どうしても僕がディレクションするとラクなものになる(笑)。
西野 : かなり上手くできたと思います。タックが入っているんだけど、裾はダブルでドレッシーっていう。こっちの元ネタの古着は某アメリカブランドの昔のやつなんですが、そこのチノパンって、大きいのを絞って穿くのがカッコ良くて。でも、大きいのをベルトで絞ると、腰回りがグチャグチャになるじゃないですか。そこを解決すれば、いいシルエットで穿けるんじゃないかと。そこで南さんのアドバイスを受けて。
― 具体的にはどういうアドバイスを?
南 : 「ウェストの概念を無くしちゃえばいいんじゃない?」と。全部ゴムを入れて、ヒモを通しちゃえば、ある程度太くても大丈夫だし、ベルトループも念のため付けた形にしました。あくまでもツラとしてはツータックのクラシックなチノパン。でも穿き口はカジュアル。裾は丈詰めじゃなくて、ダブルにしました。普通に考えるとワタリと裾幅はすごいデカいんですけど、ちゃんと編集されているので、穿いてもヘンにならないものになったんですよね。
― もう一本は?
南 : もう一本はさっき言ったレディースの軍パンを大士が持ってきて。めちゃくちゃ格好いいのに穿けないという。
西野 : 軍用のユーティリティパンツなんですけど、レディース特有のディティールなんです。
南 : そのレディースのパンツをメンズの人が穿けるようにしたモデルです。サイドのボタン数を増やして、サイズ調節はここで解決できるようにしながら、デザインディティールにしたんです。フロントのトップボタンがないというディティールはそのままで、あえて元ネタが分かるようにしていますが、男性が着用することを考えてフロントジップは付けています。
西野 : 今日見て改めて思いましたけど、かなり良い仕上がりですよね。
― 今回はパンツ2型ですけど、今後はどのようなものを考えているんですか。
南 : 次はセットアップを作ろうと思っていて、セットアップのシリーズをまた2型準備中です。
― でもこのパンツは売り続けるんですよね?
南 : そうですね。基本的には継続します。多少のアップデートはあるかもですけど、定番化させて行きたいと思っています。
― それにしても、お二人のパンツ1本にかける熱量が凄いですよね。こういうこだわり方が日本っぽいというか。昔の不良の制服文化でディティール競ってたみたいなところも通じる気がしますね(笑)
南 : いや、本当にそうかも(笑)。結局ユニフォームがベースですからね。自分たちにおいて「“普通って何なの?」っていう話になると、結局ワークウェアとかミリタリーウェアとかになるんですが、それって全部制服なんで。あと男性特有でしょうけど、服に“道具”のような感覚を持っているじゃないですか。ちょっとしたユーティリティ性を求めるというのがあるんで、そういうところも含めてこだわるのかなと思いますね。
― [TapWater]はレーベルとして続けていく想定ですか?
南 : もちろん。何シーズンか後には卸も視野に入れてますけど、今のところはこのお店と「FreshService」だけで展開します。ブランド名もかなり気に入ってて。「タンスの肥やし」みたいな話から出てきた名前で、水道の蛇口から出てくる水を英語で「タップウォーター」と言うんですが、絶妙にダサい響きとか含めて気に入ってるんですよね。
(Profile)
[INFORMATION]
Cotton Ripstop Military Trousers ¥28,600(税込)
Cotton Chino Tuck Trousers ¥28,600(税込)
[CONTACT]
CABINET OF CURIOSITIES
TEL : 03-6205-4861
https://hibiya-central-market.jp/shop/04.html
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