[inGENERAL interview]
役者と写真家の距離感 ー 渋川清彦 × 名越啓介 写真集『ALL.』を語るー
ファッションブランド RADIALL(ラディアル)のカタログから産み落とされた 名越啓介 の 写真集『ALL.』について、被写体となった俳優・渋川清彦 と写真家・名越啓介 による特別対談。
不思議な成り立ちの写真集
役者と写真家。異なるフィールドで活躍する表現者でありながら、俳優・渋川清彦と写真家・名越啓介は、どこか醸し出す雰囲気が似ていた。それは今回の取材前も取材後も変わらない編集人の感想だ。
名越啓介はポートレートやファッションの世界で幅広く活躍している写真家ではあるが、活動初期からアメリカのースクワッター(不法占拠者)(『EXCUSE ME』 TOKIMEKIパブリッシング刊 2006年)や、チカーノギャング(『CHICANO』東京キララ社刊 2008年)、フィリピンのゴミの山で暮らす人々(『SMOKEY MOUNTAIN』赤々舎刊 2011年)と共同生活を送りながらその姿を撮影するなど、特にドキュメンタリー写真においてその名が知られている。(TV番組『クレイジージャーニー』に名越が出演した際、松本人志に「今までで一番クレイジー」と言わしめたのは伝説だ)
編集人は雑誌編集者時代にそんな名越と共に海外で撮影をしたことがある。“好奇心の赴くまま”という表現が相応しい行動力と胆力はファッション・ポートレートの撮影においても発揮され、安心感と同時に少しスリリングな感触も覚えた記憶がある。
その名越から、新作写真集『ALL.』が届いた。
今回の写真集はファッションブランド[RADIALL(ラディアル)]のカタログ撮影から派生したもので、名バイプレイヤーとして数々の映画に出演している俳優の渋川清彦をモデルに撮影しているが、“肝心の服”が写っているものは少なく、もっと言えば渋川清彦の写真が多いわけでもなく、風景や車などの写真もふんだんに盛り込まれた128ページだった。
撮影が何シーズンも続いたことで発行されることになったこの写真集は、ブランドの宣伝でも、俳優のブロマイドでも、名越のドキュメンタリーでもない絶妙なバランスで成立しており、この写真集の成り立ちについて話を聞いてみたいと考えて、名越に持ちかけた。すると渋川清彦氏も対談に登場してくれるという幸運な流れになった。
編集人が二人から何を聞き出そうかと考えながら取材場所となったギャラリー「KKAG」のビルの前で待っていると、ふらりと一人で渋川が定刻前に現れ、次いで名越も定刻通りにやってきた。
そして、ギャラリーのオーナーとも懇意の役者と写真家は、差し出されたジンジャーエールとビールの両方の瓶を前に、リラックスした雰囲気で話し始めた。
Photo : 細川隆弘 Takahiro Hosokawa
Text : 武井幸久 Yukihisa Takei(HIGHVISION)
取材場所協力 : Kiyoyuki Kuwabara Accounting Gallery(KKAG) ※写真の展示は2021年5月29日(土)で終了
ファッションカタログの共犯者
ー 確かお二人の出会いは映画の現場ですよね。
渋川 : そうです、『フィッシュストーリー』(2009年)という映画の現場です。
名越 : その映画のポスターの撮影で、KEEさん(※渋川清彦のモデル時代の名称。名越は現在もKEEさんと呼ぶ)を初めて撮らせてもらって。
ー 渋川さんは、その時に名越さんという写真家に出会ってどういう印象でしたか?
渋川 : その頃名越は夏でもエンジニアブーツを履いて、今日みたいなハット被ってて。なんか音楽の匂いというかな、ファッションもカッコつけている奴だったんで、気になりましたよね。ファッションというよりスタイルかな。
ー 名越さんは当時すでにスクワッターとかチカーノとかも撮影していた頃だったと思いますが、俳優・渋川さんにはどういう印象を持っていましたか?
名越 : 前からナン・ゴールディン(※アメリカの写真家。90年代に渋川清彦をモデルに誘った経緯がある)の写真で見ていたので、勝手にその印象が強かったですが、実際お会いすると、前から知り合いのような感じで接してくれたんです。いろんな役者の方がいますが、割と素っ気なくされることが多い中で、いい兄貴分というか、フラットに話してくれたのが印象的でしたね。
渋川 : 共通の知り合いがいたりとかね。遊び場が近い感じもあったんですよ。
ー この撮影は[RADIALL]のカタログとして始まったということですが、何年続いているんですか?
名越 : たぶん4年くらいですかね。
渋川 : そもそもこれどうやって始まったんだっけ? 俺が高ちゃん(高山洋一 / RADIALL 代表)に「(写真は)名越がいいよ」って言ったのかな? 俺はモデルもやっていたので、[RADIALL]が(原宿)竹下通りの近くのアパートでやってた頃から知ってるんですよ。ロカビリーとかサイコビリーとか、高ちゃんも好きな音楽が近くて、昔から繋がっていたんです。
―それにしてもそのカタログは相当“余裕”がありますよね。服もそんなに映っていないですし……。
渋川 : いやあ、すごいですよ。あれを何シーズンもやるのは普通の洋服屋じゃ考えられない。こんなハードカバーで6000部も印刷して、取引先とかお客さんにあげてるんです。売ってもいないですから。
名越 : 紙にすごくこだわりを持ったブランドで、15年前くらいから自分たちで雑誌媒体みたいなのを作ってて、自分たちの好きなカルチャーを取材しにアメリカまで行ってたりもしてるんです。それが変化していってこういう形になったんですけど。
―コストも相当かかっていますよね。
渋川 : だからと言って[RADIALL]がそんなに儲かってるとも思えないしね(笑)
― でもそういうブランドの姿勢にも共感というか、リスペクトがあるのもお二人にとっては大きそうですね。
名越 : 本当に自由に撮らせてくれるし、しかも「フィルムを使って欲しい」と言うんですよ。「服が写ってなくてもいいから」とか(笑)。僕もなるべく服が写っているようなセレクトはしているんですけど。
渋川 : その結果が俺の顔のドアップだったりするもんね(笑)
“助演の凄さ”を切り取る
― 写真が全体的にすごく自然ですが、「ちょっと気を抜いた時に撮られている」ような感じですか?
渋川 : うーん。というより、名越が見つけた場所に行って、「そこに居てください」と言われて、そこで何となく俺もポーズっぽいことをしたり、してなかったり。それを名越が切り取ってくれるんですよ。
名越 : 僕もなるべく「ああしろ、こうしろ」というのは言わないようにしていますね。
― 今回写真集の編集は渋川さんも少しタッチされたのですか?
渋川 : いえ、まったく。
名越 : 僕は最初、『KEE』っていうタイトルにしたかったんですが、KEEさんが「それはやめてくれ」と。あとKEEさんの写真をいっぱい使おうと思ったら、「俺の写真を使いすぎるな」と(笑)。それも面白いなと思って写真を選び始めたんですけど、その結果ブランドとKEEさんと僕という“3つの輪”みたいなものがちょうどいいバランスになった気がするんですよね。
渋川 : (写真集をめくりながら)これ、紙も微妙に変えてるんだよね。
名越 : はい。シアンとマゼンタと真っ白の紙を使って、それで“呼吸”をつけているんです。これはアートディレクターの町口(景)さんのアイデアで。
― 名越さんが渋川さんを撮っていて感じる、被写体としての魅力ってどういうところですか?
名越 : 撮っている間は意外と気づかなかったんですけど、1冊でまとめた時に分かったのが、KEEさんって本当にどのページにも溶け込むんですよ。アメリカで撮った写真と浅草で撮った写真を並べても違和感がないというか。それはもう“助演”の凄さというか。そこが魅力なんだなと改めて気付きましたね。
― 渋川さんは今、役者としてものすごい本数の映画に出られていますよね。
渋川 : そうですね、本数は出てますね。まあでも結構そういう役者も結構いますよ。出てても2、3シーンとか。それも一応1本に数えられるんで。
― いま名越さんが言ったような「助演の凄さ」というのは、意図的なものというか、ある種の職業的なものですか。
渋川 : そんなに意図的ではないですね。ただホン(脚本)に書いてあるキャラクターに応じてやっているだけで。だからそんな“どっぷり”タイプではなくて、“役が抜けない”とかもない。役を引きずるというか、「これは面白かったな」という作品はいっぱいありますけど。
― 映画でもスチール撮影でも、いろんな現場ディレクションをする方がいると思うのですが、それと名越さんの違いはありますか?
渋川 : 名越が見えている世界の中に入っていって、自分も“何となく見せる”というのは意識しています。洋服を見せるという意識というよりは、そこに溶け込めれば、という感じですよね。映画も一緒ですよ。スタジオでそのセットの中に溶け込めればいいし、どこかロケ地のその土地に馴染めればというのは同じで。
ジェームス・ディーン、ファッション、ロカビリー。
― [RADIALL]の高山さんの人間性もあると思いますが、「この二人で行こう」と決めたら、飽きるまでやり続けるみたいなところにグッときます。お二人にとっても、こういう継続性があるからこそ良い部分はありますか。
渋川 : もちろん。こんなことやっているブランドはいないし、そこに参加できているのはラッキーだと思います。熊本行ったり、長崎連れて行ったりしてくれるしね。
名越 : KEEさんの地元(群馬県渋川市)でも撮影したんですけど、その前日に社長の高山さんが「KEEさんの実家に泊まりたい」とかいう話になって。
渋川 : 泊まってましたね。
名越 : KEEさんの家の近所に豚を飼っている家があって、ロケ地として面白いと思って使わせてもらったんです。
渋川 : そういや豚と撮ったね(笑)。
名越 : 驚いたのが、僕とKEEさんが共通して好きなカメラマンがいて、ジェームス・ディーンを撮影していたデニス・ストックという写真家がいるんですが、あの写真集の中にジェームス・ディーンが豚と写っている写真があって。知らなかったんですけど、似たようなのを撮ってて、何か繋がったなと思ったんです。
渋川 : この写真集は、名越がデニス・ストックを好きだったなと思い出して、実家からここ(ギャラリー)に持ってきたものなんですけどね。俺は1993年に東京に出てきたんですが、その頃に日本橋三越かどこかでこの写真展をやってて観に行って買ったものです。
名越 : このジェームス・ディーンの写真は映画の現場で撮影したという話もあるんですが、フィクションにも見えるし、この風景の中にただ居た人のような見え方もするというか。この写真家もだけど、役者ってすごいなと思いますよね。
― ああ、なるほど。役者を撮った写真のひとつの理想の形というか。
渋川 : 俺はジェームス・ディーンに結構影響されているんです。ロカビリーやっていた人はみんな憧れてますよ。ロカビリーのライブとか行くとみんな赤いドリズラー着てますから。被って恥ずかしい、みたいな(笑)。今日穿いているこのジーパンも[LEE]の“101Z”で、ジェームス・ディーンが『理由なき反抗』で穿いてたって言われているもの。あと、今日も着てきたけど[McGREGOR(マクレガー)]のドリズラー(ジャケット)もそうだし。
― 渋川さんがそういうスタイルを大事にしているところは、この『inGENERAL』というメディアのテーマ的にも合うお話だったりします。やっぱり好きなものは変わらないですか。
渋川 : モデルもやってたので、影響を受けて色々新しい服を取り入れたり飛びついたりもしたんですけど、結局そんなに変わんないですよね。
名越 : 僕もロカビリー大好きだったんです。昔はリーゼントもしてましたし。
― 渋川さんは[RADIALL]の服自体も好みですか?
渋川 : 好きですね。アメカジ、レーヨンシャツとかすごく好きなんで。音楽にも映画にも影響されているブランドだし。
名越 : 僕はチカーノの撮影とかも行ってましたけど、このブランドが周りを大事にしたりとか、関係性を大事にしているところもチカーノにも近いというか。そこが好きですね。昔気質の日本人みたいな、義理人情とか人との付き合いやファミリーを大事にしていたりするのが共通していますね。
― 最近そういうブランドも少し減りましたよね。
名越 : こういう感じで続いているブランドって他にあるんですかね?
― いや、自分の知る限りは思い当たらないですね。どうしても短いスパンで違うアプローチをするところは多いと思います。だからブレなくてすごくいいなと思います。今後のこのタッグは続く予定ですか?
名越 : そうですね。使ってくれたら嬉しいですけどね。これで次は違う人になったら面白いですね。面白くはないか。あれ?みたいな(笑)。
一同爆笑
渋川 : いや、ほんと続いて欲しいですね。
https://www.instagram.com/keisuke_nagoshi
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http://www.um-tokyo.com/nagoshi/
[INFORMATION]
写真集『ALL.』
ページ数 : 128P
サイズ : 22.3cm x 29.7cm
¥3,960(税込)
出版 : CONVOY & FUNK.CO
発売先 : SHIBUYA TSUTAYA、代官山 蔦屋書店 DOOBIES RADIALLディーラーショップ、RADIALL公式HP
その他限定書店
https://www.radiall.net/product/all/
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